第3章 霧
「どちらを選んでも、彼女が苦労するのは目に見えていますね」
窓の外では、風間が志摩子を出迎えていた。彼にもそんな感情があるのかと、天霧は微量な彼の変化に少しだけ保護者の気分で微笑んでいた。
◇◆◇
元治元年六月五日。風間と志摩子は池田屋の一室で、静かに時を過ごしていた。刀を手入れしている風間の傍らで、志摩子は呆然と外を眺めていた。
今日は珍しく、一歩も外に出るなと志摩子は風間から言われていた。理由は何度聞いても教えてくれなかったので、もう問うのをやめて大人しく窓の外をじっと眺めている。
「志摩子、外を眺めているのは楽しいか?」
「……いえ、楽しくありません」
「飽きたか?」
「……はい」
「ふっ、素直だな。退屈な時も、どうせすぐに終わる。今はこの時間を堪能しておくがいい」
「千景様、天霧様と朝から何か話しておられたみたいですが……本日何かあるのですか?」
「……さあな」
「千景様、何かお話をして下さい」
志摩子の興味は急に風間へと向けられる。突然のことに、風間は刀を手入れしていた手を止める。ちらりと志摩子を見れば、嬉しそうな顔で風間の言葉を待っている。
何故だかその顔を見ると、拍子抜けしてしまって風間は刀をしまう。
「近くに来い」
「はいっ」
志摩子が風間の隣に腰を下ろせば、ゆっくりとした動作で風間は彼女の肩に腕を回し優しく抱き寄せた。