第20章 蝶
「いってぇ……」
「……っ」
土方が見た志摩子は、大粒の涙を流しながら初めて怒りを露わにして、土方を力なく睨み付けていた。
「……どうしてこんなことをするんですかっ!! どうして……こんな酷いことをっ」
「酷い……ねぇ」
「好きでもない女にする接吻の味は美味しいですか!? さぞ愉快なのでしょうね! 私を馬鹿にしているのでしょう!? 刀も握れないただの女など、所詮男の慰み者になるのがお似合いだとそう仰りたいのですか!? そのためだけに私を今日まで生かしていたのですか!? なんとか言ったらどうなんです!!!」
「志摩子……」
「私が貴方を故意に避けていたという事実はありませんっ! 私には貴方の心がわかりませんっ、どうして千景様と貴方達を比べる必要がありますか!? 互いに別の者であるというのに、どうして私が比べなくてはいけないのですっ!! 私が本気でどちらかしか大切ではないと思っていると!?」
「……おい、聞け志摩子」
「貴方のくだらない言い訳など聞きたくありません!! 男の……言い訳なんてっ!」
「志摩子!」
土方は優しく志摩子を抱きしめた。もがく彼女を、それでも受け止めるように。やがて嗚咽交じりの声が聞こえてきて、志摩子の肩が震え始める。
「嫌です……ッ、こんなの……!」
「いつの間にか狂い始めてた。そんな自分に気付くことなく、俺は……お前の姿を追いかけていた」
「何を……っ」
「どんな酷い男にだってなってやる。お前を此処に繋ぎ止めておけるなら。俺は……」
志摩子は咄嗟に顔を上げた。土方の熱い瞳を知る。
「お前に惚れてんだからよ」
するりと土方の胸元から、布で覆われた何かが地へ落ちる。ことりと音を立て、その拍子に布から姿を現したのは……。
蝶と毬の絵が施されている、紅蓮の櫛だった。
櫛を視界にいれた土方は、志摩子に気付かれない様に足で踏みつけた。
何かが音を立てて崩れていくように、土方と志摩子の関係を浮き彫りにするように……。
ばらばらになった櫛だけが、二人の足元に残った。