第17章 月
「あいつも俺が知る限り、あるはずの傷が見当たらない時がある。もしかしたら羅刹の一種なのかと疑ったこともあるが……あいつが羅刹だとは到底思えない。そこで気がかりなのは、風間の言っていた"鬼"というやつだ」
「……鬼。そのような者、本当にいると思いますか?」
「さあな。だがきっと……志摩子がその秘密を、何か知っているのはわかっていることだ。あいつは元々、風間と一緒にいたのだから」
「副長。彼女はいつまで俺達と共に在れるのでしょうか」
「……変なことを聞くじゃねぇか斎藤」
斎藤は言いにくそうに、けれどほとんど表情を崩すこともなく土方を見る。志摩子が屯所に来て、共に過ごす時間が増えれば増えるほどにいつか来るだろう別れが頭の中で過らない日はなかったろう。
それでも、もしかしたら一緒にこのまま居続けることも出来るかもしれないなどと。
「斎藤、お前が今言おうとしていることは新選組として言っちゃいけねぇ言葉だ。だがな……一人の男として言おうとしているのならば、俺も聞き流しておくとしよう」
「……俺は……」
斎藤は考え込む様に口ごもる。あからさまに土方は拍子抜けしたような溜息を漏らすと、困った顔で斎藤の肩を叩いた。
「なぁ、斎藤。お前に……守るべきものはあるか?」
「……俺が守るべきものは、あの頃から変わっていません。新選組のために、そして俺自身のために」
「じゃあ、聞き方を変えるとするか。斎藤……」
静かな部屋に土方の声はしっかりと響く。
「お前に”守りたいもの”はあるか?」
「守りたい……もの?」
「そうだ。それは必ずしも守らなければいけねぇものでもない、使命でも運命でもなんでもないものだ。自分自身が、心の底から願い望むもんだ。お前にはあるか? 守りたいと強く思うものが」
「……」
斎藤はただ俯いた。彼の心に過った姿は、温かくて優しい白い桜のような人の姿。けれどそっと瞳を閉じて、口を開く。
「俺に守りたいと望むものなど、何一つありません」
僅かに芽生えた想いを覆い隠し、消そうとするかのように。
斎藤はそう答えるのだった。