第12章 虚
「江戸で兄様に会ったよ。姉様のことを教えておいたから、暫くしたら迎えに来るんじゃないのかな?」
「栄兄様に……っ!?」
「姉様、蓮水からは逃げられやしないんだよ。貴方を自由にすることが出来るのは……ボクだけなんだから」
「天っ!!」
引き留める声も虚しく、天は姿を消した。
「あれ、志摩子? どうかしたのか?」
「左之助様……。いえ、会合は終わられたのですか?」
「まぁな。屯所の正式な移転先が決まった、近々引っ越しになるぞ。今のうちに、必要なものは纏めておけよ」
「わかりました」
志摩子は再び雪を眺めながら、物思いに耽り始める。
「私はいつまで、此処にいられるのでしょうか」
声は雪と共に融けて消えた。
――夜、丑三つ時。天に会ったせいか、志摩子は魘されていた。息苦しさに耐えかねて、目を開けた。額は汗に濡れ、息も乱れていた。
目を開けたことでようやく、悪い夢を見ていただけと気付くが……天に会ったことだけは夢ではないと実感する。あの冷たくも聞き慣れた声が、耳の奥から消えず何処か聞こえてきそうな気がしたのだ。
水でも飲もうかと、布団を抜け出し適当に着替える。戸を開けようとしたところで、ふと千鶴の姿がないことに気付く。一体、何処に?
「誰か! 誰か来て!」
ずっと遠くの方で、千鶴の声が聞こえた気がした。けれどそれは、鼓膜を直接揺さぶるような声でとても普通の人間から発せられた声とは違う気がした。
急いで戸を開けても、誰もその声に反応した様子はない。