第12章 虚
「二人共、燗(かん)がついたら座敷に運んでくれ」
「かしこまりました」
「それから……雪村。平助からの言伝だ」
「え?」
「お前の家に寄ってみたそうだが、綱道さんが戻った形跡はなかったそうだ。平助はまだ暫く江戸だ、何かあればまた知らせてくれるだろう」
「そうですか……ありがとうございました」
「……ああ」
土方はそのまま志摩子へと視線を向けるが、目が合ったと同時に志摩子の方から先に逸らしてしまう。土方は何も言わず、その場を立ち去った。
二人のいつもと違う雰囲気を何処か察した千鶴は、志摩子へと声をかける。
「志摩子さん、土方さんと何かありましたか?」
「え……?」
「最近二人共、あまり会話もないみたいですから。どうしたのかなって」
「いえ、特に何かあったというわけではないのですが……どうしてでしょうね」
志摩子にはそう笑って、誤魔化すくらいしか出来なかった。千鶴もそれ以上は何も言わず、お酒の準備が出来たようで持って行ってくると元気よく台所を出て行った。
志摩子は隊士達の元へ、食事を届ける。全ての雑務が終わったところで、廊下を歩いて次にすべきことを考えていると、肩を落としながら歩いている山南と出くわす。
「あら? 山南様。伊東様の席はどうされたのですか?」
「いえ……少し具合が悪いので、部屋に戻ろうかと」
「大丈夫ですか? あの、私でよければ調子を看ます」
「いえ、大丈夫ですよ。それより……志摩子さん、貴方は気を付けて下さいね。雪村君と違って、貴方は女として此処にいるのですから」
「……はい」
山南の後ろ姿を見送って、食器の片付けをしに井戸の方へと向かって行った。すると、何処からか僅かに奇妙な音がして顔を覗かせる。
そこにいたのは、噂の伊東と千鶴……そして沖田だった。沖田は抜刀しており、その刃を伊東に向けていた。思わず志摩子は、その場へと飛び出してしまう。