第1章 慶応三年二月一日
雪村千鶴は新選組に匿われているもう一人の女性である。普段は男装し雑務をこなしながら父親の行方を追っている。彼女の父親は新選組が隠し持つ秘密に関わる人物だが、現在は消息を絶っている。剣術の心得のある千鶴は隊士に交じって「男」として匿われているが、ごく普通の少女であった実桜はそうもいかず副長の別宅で匿われることになった。女同士でなければ困ることもあるだろうという配慮から、千鶴は何度か実桜の元を訪れている。ほぼ同じ頃に新選組に匿われるという共通の境遇であることもあり、二人はすぐに打ち解けた。千鶴はこの世界での実桜の唯一の友である。
その千鶴をわざわざ呼んでほしいというのだから、女同士でなければ困ることなのだろうと山崎は察した。だがいかんせん千鶴も自由に外出出来る身ではない。自らを「鬼」と名乗る存在に狙われているのだ。安易な外出は命取りになる。一度土方の判断を仰がねばならないだろう。それにしても珍しいこともあるものだと思いながら、山崎は実桜を見やる。彼女は普段から必要最低限のものしか要求してこない。外出を禁じている訳でもないのに、自主的に別宅から出ずに過ごす。暮らしぶりも慎ましいものだ。己の立場も千鶴が置かれている状況もわきまえている為、余程のことがない限りこんな我儘を言ったりはしない。そんな実桜がどうしてもと言うのである。出来ることなら会わせてやりたいと、山崎は思った。土方が不可と断じたら自ら護衛を申し出て許可を得ることも考えていた。