第6章 慶応三年二月十五日
「…来年、ですか…」
実桜の顔から赤みが消えた。いきなり曇った表情を、山崎は見逃さなかった。
「何か不都合でもあるのだろうか」
「いえ、そうじゃありません…。私は…いつまでこの世界にいられるのかわからないから…」
何かを堪えるように俯く実桜。嘘はついていない。だがそれだけではない。
山崎は何かを察して労わるように声をかける
「来年も襟巻を用意しておいてくれ。何があっても、例え君がどこにいても必ず受け取りに行く」
約束だ、と差し出された小指に実桜は震える小指を絡ませる。
「お待ちしています。何があっても、どこにいても、いつまでも」
再び頬を伝う涙を拭いもせずに精一杯笑おうとする実桜を、山崎はしっかりと抱きしめた。
「君の知るものとは別の未来を選んでみせる。だから信じて待っていてくれ」
山崎の腕の中で、実桜は泣いていた。「その時」が来たら、山崎は躊躇うことなくその身を盾にするだろう。実桜が愛したのはそういう男だ。そんな彼が「約束」をくれたのだ。信じて待っていろ、と。ならばただ信じて待っていれば良い。己の命の使い途を決めている男がくれた「約束」だ。必ず果たされると信じていよう。
最初で最後のつもりで挑んだバレンタインデーのお返しは、未来へと続く約束だった。