第6章 慶応三年二月十五日
「ありがとう…ございます。そう…言っていただけるだけで…私には充分過ぎます」
袖口で涙を拭うが、後から後から溢れてくる。すぐ泣き止むから、と言って無理に笑顔を作ろうとする実桜をふわりと包むものがあった。それが山崎の腕だと理解する頃には、優しく、けれどしっかりと抱き寄せられていた。おずおずと見上げると、珍しく顔を赤くした山崎がいた。普段の冷静な彼からは想像もつかないような照れた顔をしていた。
「すまないがその…俺は気の利いた言葉などかけてやれないから…」
見た事もない素の表情に向けて柔らかく微笑み返すと、実桜は山崎の胸に顔を埋めた。そっと背中に手を回す。少しだけ力を込めると、山崎の身体が硬直するが、すぐに自分を包む腕に力が込められた。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。
時間にしてみればほんの数瞬の出来事だった。だが、二人にとっては永遠にも近いものに感じられた。お互いの腕を解いた後、交わした視線は今までとは違う熱を帯びたものだった。