第6章 慶応三年二月十五日
「また長居をしてしまってすまなかった」
実桜はふるふると首を横に振ると、いたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「山崎さんなら何時でも大歓迎ですよ。お好きな時にいらして下さい。ただし、手土産は懸想文で」
「な⁉︎」
声もなく赤面する山崎に、クスクスと笑いながら説明する。
「昨日お出しした上菓子の事ですよ。あれは懸想文って名前なんです」
あっさりと明かされたタネに苦笑しながら、山崎も反撃を試みる。
「ならば次は取って置きの手土産を用意してこよう。襟巻の返礼と共に」
「襟巻」という言葉に、実桜も顔を赤くしながら慌てて言った。
「お、お礼ならもう貰いましたから!だからその…」
「だが三倍価値のある物を返すのが作法なのだろう?」
「三倍どころか百倍価値がありました」
「俺は返礼をしたとは思っていないし、できれば形に残るものを贈りたいのだが」
「今日こうして来て下さった事が私には一番の贈り物です。これ以上何か貰ったらバチが当たります」
「ならばその…来年もまた襟巻を用意してくれないだろうか。その時までに相応しい物を用意しておく」