第6章 慶応三年二月十五日
「こんな夜更けに驚かせてすまない」
声の主がそっと姿を現わす。何故か気まずそうな表情を浮かべて現れたのは他の誰でもなく山崎その人だった。
「いえ、大丈夫です。それよりも寒かったでしょう?今熱いお茶を淹れますから待っていて下さい」
「いや、それはいい。すぐに俺は帰る」
山崎の言葉に、実桜は誰の目から見てもわかるほど落胆した。だが山崎が声をかけるべきか迷っている間に気をとりなおしたのか、笑顔で山崎へ話しかける。
「こんな所で立ち話も何ですから上がって下さい」
「いや、すぐに用は済むからここでいい」
「昨夜も言いましたけどこんな時間にここで話している方がご近所から変に思われます。上がって下さい」
有無を言わせぬ勢いで草履を履き山崎へと近づく実桜。戸惑う山崎の手を取ると、縁側へ引っ張っていく。力では勝るはずの山崎は何故かされるがままになっていた。
縁側から部屋へと上がると、まだ少し火の残る火鉢のそばへと山崎を促す。
「すまない、休むところだったようだな」
部屋に敷かれた布団を見て、山崎は詫びた。実桜は布団を部屋の端へと寄せると笑って言った。
「構いませんよ。山崎さんなら何時でも大歓迎です」
その言葉に更にバツが悪そうな顔をする山崎を不思議そうに見ると、目が合った。だがすぐに逸らされてしまう。どうしたというのだろうか。実桜は怪訝に思いながらもお茶の準備をしに台所へ向かった。