第6章 慶応三年二月十五日
山崎は困惑していた。まさか贈られた物にそんな意味が込められているとは思っていなかったのだ。悪い気こそしないがいかんせん実桜を恋愛対象として見た事がない。山崎にとっては晴天の霹靂に近い。だが受け取った以上はなんらかの形で返礼をしなければならない。ふと、昨夜の実桜の様子を思い出すと小さく震えていた理由に合点がいく。彼女は真剣だった。ならばこちらも真摯に応じなければならない。しかし山崎は己が実桜の事をどう思っているのかがわからなかった。頑固な所はあるが、控えめで慎ましく細やかな心配りができる。実桜に対する印象はそんな所だ。それは好ましいものではあるが、好意とはまた別のもののような気がしていた。穏やかに微笑む実桜の姿を思い浮かべ、山崎は一人深く思い悩む。
その日の夜遅く、実桜は誰かに呼ばれたような気がして布団を敷く手を止めた。こんな夜更けに訪ねて来る者はいない。否、一人だけいる。もしやと思い縁側へ急ぐと、闇へ向かって声をかける。
「山崎さん、どうなさったんですか?」
だが、応える者は何も無く、静かな闇が広がっていた。気のせいだったかと部屋へ戻ろうとした時、何かが動く気配がした。一瞬身を固くした実桜に、遠慮がちに声がかけられた。