第1章 慶応三年二月一日
いつものように金子を持って現れた山崎を、実桜は縁側でもてなした。山崎が別宅へ上がることは無い。訪ねて来る時はいつも、いつの間にか縁側にいる。
今でこそもてなされてくれている山崎だが、初めのうちは用が済めばあっという間に姿を消してしまってお茶すら用意出来なかった。実桜が勇気を振り絞って「せめてお茶でも」と申し出なければ、今でも彼はすぐに姿を消してしまっているだろう。彼がこうして自分の淹れたお茶で一服してくれるのが、実桜はたまらなく嬉しかった。
実は実桜が元居たのは、この世界の未来ではない。未来から来たことは確かだが、正確には次元を超えている。元居た世界の人気ゲーム『薄桜鬼』の中の世界へ飛ばされたのである。ゲームの中の世界へ飛ばされたことが判明した時、彼女は一つ覚悟を決めた。
「決して原作であるゲームの中の歴史を変えない」と。
それ故に怖い思いや嫌な思いをすることも多々あったが、今は穏やかに暮らしている。これが嵐の前の静けさであることも承知の上で。