第1章 慶応三年二月一日
「これが今月分の金子だ。上手くやってくれ」
縁側に腰掛けていた青年は、懐から布袋を取り出した。お茶を淹れる手を止めて篠塚実桜(しのつか みお)はそれを受け取り着物の袂へ入れた。再び急須を手に取り湯呑みにお茶を注いでいく。淹れたてのお茶と豆菓子を勧めながら彼女は口を開く。
「いつもありがとうございます、山崎さん。大切に使いますね」
ふわりと柔らかく笑う笑顔から、青年は何故か視線を逸らした。
慶応三年二月一日。
七条の通りから路地に入った所にある新選組副長土方歳三の別宅に、未来からやって来たという少女が匿われてから早三年が過ぎた。初めのうちこそ戸惑ってばかりだった実桜も、今ではすっかり馴染んでいる。青年の名は山崎焏。新選組の諸士調役兼監察を務めている。彼は副長から直々に彼女の世話を命じられていた。毎月初めに一カ月分の生活費を届けにくる。また定期的に様子を見に来ては不足が無いか確認して行く。だがそれは実桜の為という訳ではなく、「未来を知る」という彼女から有益な情報を得る為の諜報活動の一環である。だが、有能の誉れ高い彼を以ってしても未だ有益な情報を彼女から引き出すことは出来ずにいる。
たった一つ、「雪村千鶴という少女が新選組の命運を握っている」ということ以外は。