第5章 慶応三年二月十四日
「私のいた時代では、今日はバレンタインデーという日頃お世話になっている人へ贈り物をする日なんです。私が一番お世話になっているのは山崎さんなので、これを受け取ってもらえませんか?」
千鶴が言っていた、一生懸命用意していたものとはこれのことかと山崎は腑に落ちた。顔を赤くして包みを差し出す実桜が小さく震えている事に気づくと、少しだけ表情を和らげて受け取った。
「ありがたく受け取っておこう。中身はなんだ?」
「襟巻です。山崎さんお仕事柄寒い所に長時間いる事も多いでしょう?だから丁度いいかなと思って作ったんですけど、この時代ではお年寄りか病人の使うものだって聞いて…。でもこれしか思いつかなくて…」
最後の方は消え入りそうな声でつぶやくと、顔を伏せて言った。
「あの、必要なければ捨てて下さって結構ですから」
実際のところ、寒い所に長時間いなければならないような「仕事」の時は黒の忍び装束でいる事が多い。だが山崎には実桜の気持ちが心地良いものに感じられた。
「開けてもいいだろうか」
実桜の返事を待たず、山崎は包みを開いた。中から黒い襟巻が現れる。それは両端に黒い糸で刺繍を施した趣向を凝らしたものだった。