第5章 慶応三年二月十四日
頑として引かない実桜に、山崎が折れる形で縁側から部屋へと上がる。実桜は火鉢のそばへと山崎を通し、お茶の準備のために一旦部屋から下がった。
ややあって戻ってきた実桜の持つ盆の上にはお茶と上菓子、そして何故かおにぎりが二つ乗っていた。
「お仕事帰りならお夕飯まだでしょう?こんな物しか用意できませんが、良かったら召し上がって下さい」
意外な申し出に山崎が目を見張る。実桜は柔らかく笑うと山崎の向かいに座った。
「本当は何か温かいものが用意できたら良かったんですけど、急いで作れるものはこれくらいしかなくて…」
「いや、これだけで充分だ。ありがとう」
そう言っておにぎりに手をつける山崎を見て、実桜は嬉しそうに笑った。
お茶のおかわりを持ってきた実桜から湯呑みを受け取り、山崎は口をつける。冷えた身体にお茶の熱さが沁み渡る。実桜の心配りを、山崎は得難いものだと思った。
話のきっかけを探して黙ってしまった実桜に、山崎の方から話しかける。
「それで、俺に用とは一体何だろうか」
その直球な問いかけに実桜は一瞬躊躇ったが、すぐに意を決したように口を開いた。もうご存知かもしれませんが、と前置きをして、紅白の薄紙に包まれたものを差し出す。