第5章 慶応三年二月十四日
千鶴の言葉に三者三様の感想を述べる幹部達。山崎は立ち竦んだままだった。千鶴は遠慮がちに声をかける。
「あの、山崎さん。今日は絶対に実桜ちゃんの所へ行ってあげて下さい。お願いします」
「…雪村君。だが俺は」
「実桜ちゃん一生懸命準備してたんです。自分はいつまでいられるかわからないからって言ってました。その時の実桜ちゃん、なんだか消えてしまいそうで…」
だからお願いします、と頭を下げる千鶴に困惑しながら山崎が口を開きかけたその時、不機嫌そうな声が境内に響いた。
「てめえら雁首そろえて何してやがる。今日は道場で稽古の日だろう。遊んでねぇでさっさと行きやがれ!」
「げ、土方さん」
「土方さんあんまり怒鳴ってばかりいると禿げますよ」
「申し訳ありません副長」
鬼の副長と呼ばれる土方の登場に、場の空気が変わる。山崎は内心感謝した。
幹部達が道場へと移動するのを見送り、土方は残った山崎と千鶴の方を見て口を開く。
「すまねぇが山崎、用を一つ頼まれてくれ」
優秀な監察方である山崎は、土方から直々に重要な任務を任されることも多い。今回も恐らくは重要な任務であろう。土方の方へ歩き出す山崎の背中に向けて、千鶴は叫んだ。
「山崎さん、絶対に七条へ行ってあげて下さい。お願いします」
山崎は一度だけ振り返ったが、何も言わずに千鶴の前から去った。