第3章 慶応三年二月十日
「篠塚が使うにしては少し地味ではないか?」
斎藤が挟んだ疑問に千鶴が答える。
「違いますよ斎藤さん。それは実桜ちゃんが使うんじゃありません。贈り物にするんですよ」
「贈り物…?誰に贈るというのだ」
斎藤は解せぬとばかりに眉根を寄せた。この時代では普通襟巻を贈り物にすることはない。それに使うのは老人か病人という代物である。別宅から出ることのない実桜に、そんな知り合いがいるとは思えない。
「私のいた時代には二月にお世話になった人へ感謝の気持ちを込めてお菓子を贈る行事があるんですよ。それで特別な人にはお菓子の他に贈り物を添えるんです」
「なるほどな。それで、誰に贈るのだ?」
「斎藤さん、それを聞くのは野暮ですよ」
尚も相手を特定しようとする斎藤に、実桜が困らないよう千鶴がすかさず助け船を出す。野暮と言われて斎藤は口をつぐんだが、実桜に想い人がいることだけは理解した。
俯きながら実桜がぽつりと呟く。
「私はいつまでここにいられるかわからないから、後悔したくないんです」
斎藤と千鶴、それぞれに思うところは違うが、実桜の言葉の前に沈黙した。