第3章 慶応三年二月十日
その静かな重みを取り除こうと、実桜は敢えて明るい声を出した。
「そういえば千鶴ちゃん、バレンタインデーの話って誰かにした?」
「え?あ、うん。太物を買いに行った時平助君に連れて行ってもらったから、平助君には話したよ」
「それじゃ何かお菓子を用意しておかないと十四日は大変なことになるかも」
「そうかな?そんなことはないと思うよ?」
「斎藤さんと原田さんは知ってる訳だし、藤堂さんが知ったなら沖田さんや永倉さんが聞きつけて『当然くれるよね』なんて言い出すかもしれないよ?」
「まさか、そんなことは…」
ないとは言い切れない千鶴に、実桜は笑いながら一つ知恵を授けた。
「もしもねだられたらこう言うと良いよ。もらったら三月十四日に必ずもらった物の三倍価値のある物をお返しで渡す決まりがあるけど良いのかって。その決まりが守れない男は野暮天判定されるんだって言えば大抵引いてくれるはず」
沖田さんは無理かもしれないけど、と続けた実桜に千鶴は吹き出して笑った。
「確かに沖田さんは無理かもしれないね。平助君や永倉さんなら引いてくれるかもしれないけど」
「酷い言われ様だな。総司なら仕方ないかもしれぬが」
斎藤までも同意するので、実桜と千鶴は顔を見合わせて笑った。
「それじゃそろそろお暇しようかな。今日は食事当番なの」
「忙しいのにわざわざごめんね千鶴ちゃん。斎藤さんもありがとうございました」
「ううん、いいの。それよりあんまり根を詰め過ぎないようにね」
「風邪など引かぬようにな」
「はい、お気遣いありがとうございます。二人ともお気をつけて」
二人を玄関まで見送ると、実桜は早速襟巻作りに取り掛かった。