第3章 慶応三年二月十日
慶応三年二月十日。
千鶴は実桜の元を訪れていた。頼まれていた太物を届けに来たのである。
「ごめんね実桜ちゃん遅くなって。中々外出許可が下りなかったの」
「ううん、大丈夫。それよりわざわざありがとう千鶴ちゃん」
千鶴の手土産の薯蕷饅頭を皿に乗せ、三人分のお茶を用意する実桜。今日の巡察は三番組だったようで、斎藤もいるのである。
「斎藤さんもお忙しい中わざわざありがとうございます」
「これも任務の内だ、気にするな」
湯呑みを受け取りながら、淡々と斎藤は言う。相変わらずだと実桜は苦笑した。
「それで実桜ちゃん、この太物でどんな襟巻を作るの?」
「色んな結び方が出来るように丈は少し長めにして、両端に黒で刺繍を入れようと思って」
「え⁉︎結ぶの⁉︎それに黒い布に黒の刺繍って…」
「うん、私のいた時代は色んな結び方をしてお洒落するの。刺繍は最初銀にしようかと思ってたんだけど、敢えて黒の方が粋かなと思って」
実桜なりに時代に合わせたつもりだが、それでも美意識には多少の差がある。だが江戸出身の千鶴には、それは是と映ったようだ。
「うん、すごく良いと思う。刺繍はどんな柄にするの?」
「両端にそれぞれ一筋ずつ流水紋を入れて、そこに桜の花を散らそうと思ってるんだけど…」
どうかな、と少し不安気に問う実桜に対して千鶴は柔らかく微笑んだ。
「良いと思うよ。良く似合うんじゃないかな」