第2章 慶応三年二月四日
「元々は西洋の行事で、恋人や夫婦で贈り物をし合う日だったんです。でも日本に紹介されて定着する頃には女の子から男の人に想いを伝えてもいい日ってことになったんです」
「それはまた思い切ったことをする日だな」
千鶴がふと気がついたように問う。
「それで想いを伝える時にお菓子を贈るの?」
「うん…本当はチョコレートっていうお菓子と、何か自分の気持ちを表す贈り物を一緒に贈るの。だけどこの時代にチョコレートは手に入らないから何か代わりのものをと思って」
「てぇことは何だ。お前さん伝えたい男がいるってことか」
いたずらっぽく笑う原田の言葉に真っ赤になる実桜。
「あのっえーとっそのっ、それだけじゃなくて普段お世話になってる人へも贈るんです」
「世話になってる人、なぁ」
心当たりがあるのか、意味深な笑みを浮かべる原田に実桜の顔はますます赤くなる。千鶴もなんとなく見当がついたのか、柔らかく微笑んだ。
「それじゃあ何か特別なお菓子を贈らないとね」
赤い顔のまま、実桜は千鶴の言葉にうなづいた。
「だけど私あまり外へは出ないから、何がいいのかわからなくて…」
かく言う千鶴も菓子に特別詳しい訳ではない。少し考えて一つ思いつく。
「この季節ならこぼれ梅はどう?打物の干菓子だから日持ちもするし」
「あ、それいいかも。干菓子なら前日に買っておいても大丈夫だし」