第2章 慶応三年二月四日
「お待たせしました。粗茶ですがどうぞ」
盆に三人分のお茶と干菓子を乗せて実桜が戻って来た。原田と千鶴に湯呑みを渡すと、火鉢のそばに座る。
「寒かったでしょう?ゆっくりしていって下さいね」
「ありがとう、実桜ちゃん」
「熱燗だったらもっとありがてぇんだがな」
「原田さんたら、まだお仕事の途中でしょう?」
「そうですよ原田さん、屯所に戻るまでが巡察です」
「おいおい冗談じゃねぇか、二人して責めんなよ」
少し肩をすくめながら原田は千鶴へと目配せする。千鶴は一瞬の間の後思い切って口を開いた。
「それで実桜ちゃん、今日はどうしたの?」
「あ…うん、あのね千鶴ちゃん…」
言いにくそうに目を逸らし言い淀む実桜を見て、原田が声をかける。
「俺がいない方がいいなら外すぞ?」
「あのっ、そういう訳じゃないんです。男の人の意見も聞きたいし、いて下さった方が…」
慌てて取りなそうとする実桜に千鶴が問う。
「何か困った事でもあったの?」
「うん…あのね、男の人にお菓子を贈るとしたら何がいいのかな?」
「男の人にお菓子を贈るの⁈」
「男なら菓子より酒だろ」
実桜の質問を唐突に感じた二人から声が上がる。戸惑いながら実桜は続けた。
「えーと、それは分かってるんですけど、お菓子じゃないと駄目なんです」
「菓子じゃないと駄目って、何か訳でもあるのか?」
不思議そうに訊ねる原田から視線を下に移して、実桜は呟くように言った。
「私のいた時代の二月の行事に、バレンタインデーというのがあるんです」
「ばれんた…いんで?」
「バレンタインデー、です。二月十四日に女の人から男の人にお菓子や贈り物をする日なんです」