第2章 慶応三年二月四日
慶応三年二月四日。
巡察に同行した千鶴は 浮かない顔をしていた。相変わらず父親の消息が掴めない上に、これから友に対して密偵紛いのことをしなければならない。
「そう落ち込むな千鶴。親父さんなら必ず見つかるだろう」
原田からかけられた声にぎこちない笑顔を返す。
「ありがとうございます。原田さん」
千鶴の表情が明るくなることはなかった。
巡察も終わり帰投しようとする十番組の隊士達に原田が声をかける。
「お前ら先に屯所へ戻ってろ。俺は野暮用を済ませてから帰る」
「さすが原田組長、スミに置けませんなぁ」
「いい女が待ってるんでな」
組下の隊士達から上がる冷やかしの声をサラリと流して今来た道を戻る原田と後に続く千鶴。少し遠回りをして七条までやって来た。
「ごめんください」
「あら、千鶴ちゃん、原田さんもようこそお越しくださいました。寒かったでしょう?上がって下さい」
「すまねえな、邪魔するぜ」
通された部屋の中には火鉢に火が起こされていた。
「寒い中わざわざすみません。今お茶を淹れますから火に当たってて下さい」
「お構いなく」
「悪りいな、頼むわ」
実桜が出て行くと、部屋の中をぐるりと見回す原田。火鉢の他には文机が置いてあるだけの部屋の床の間に水仙が生けてある。よく見るとそれは端切を細工したものだった。
「相変わらず器用だな、あいつは」
「実桜ちゃんお針は得意だって言ってましたから」