黒執事 Christmas at midnight
第2章 前篇 聖なる時の選択を
「もしかすると、怪我の影響で後から熱が出るかもしれませんね。私は街まで氷を大量に買って参ります。姫様は如何いたしますか?」
「そうね……彼が起きた時に、見知らぬ場所にいてはびっくりするでしょう。傍にいてやるとするわ」
「……かしこまりました。では行って参ります。くれぐれも、用心なさって下さいね」
クライヴは一人、空き部屋を出た。扉が閉まる音を聞きながら、アリスはベッド脇に椅子を持ってきて座る。じっとグレイの顔を眺めてみる。本当に……穏やか過ぎて死んでいないかと思ってしまう。
不意に、彼の手がぴくりと動いた。
「……て」
「……グレイ?」
「……ま……っ……て」
虚空へとゆっくり、彼が手を伸ばす。誰を探しているの? アリスはそっと、彼の手を握った。
「貴方らしくないわね……グレイ」
それは自分も同じかと、思いながら。
思えば二人の出会いは、ろくな記憶がない。命を狙われ、怪我を何度負わされたことか。勿論その全てを全身で記憶しているアリスだが、何故か放っておくことが出来なかった。何かと重なるのか、それとも歪んだ彼へのなけなしの情か。
「グレイ……こんなとこで、死ぬんじゃないわよ」
彼の手から僅かな体温を感じて、暖房の暖かさに身を委ねるようにアリスはうつらうつらし始める。そうしてアリスはグレイの手を握ったまま、ベッドへ突っ伏して眠り始めた。
まるで入れ違いのように、ぴくりとグレイの手が反応を示す。しかし眠りに落ちたアリスがそこに気付くことはない。