第7章 さんかく
確信めいたものを感じて上を見上げながら名前を呟く。
暗がりの中、酷く不機嫌な色を滲ませた見慣れた顔が私を見下ろした。
ほんのかな明かりに陰影を刻む顔。浮かぶ表情は負であるというのに、思わず見とれる。
「……えーと……、どちら様ですか?」
沈黙を破ったのは、日高くんの困惑気味な声。
及川は私から視線を日高くんに移し、にこりと笑った。
笑っているはずなのに、何なんだろうこの言い様のない寒気は。
及川に抱き締められるような格好になっていることにも文句言えず、ただただ戦慄した。
「それはこっちの台詞なんだけど。君こそどちら様?」
「日高幹久です。常波高校の二年の」
「あぁ、そう。で、その日高幹久くんが沙々羅に何か用?」
「……。質問の前に、俺の質問に答えるべきじゃないですか?俺だけ名乗らせて答えないなんて、フェアじゃないでしょう?」
及川の棘のある言葉に、日高くんも笑顔で負けじと棘を刺し返す。
……ちょっと、待って。なにこの不穏な空気。
「……あはは、そうだよねー。俺としたことが。青葉城西高校三年の及川徹です。よろしく、日高くん」
「ははは、よろしくする気なんて全然ないくせに」
「よくわかってんじゃん、クソガキ」
「一個しか違わないですけどね」
あははははー……って、こわ。怖っ!
なにこれ!なんだこれ!!
北極のブリザードもかくや、という荒れ狂う空気に冷や汗だらだらで震えた。
おかしい。今の暦は春だろう。何でこんなに空気が冷えきっているんだ。
空気に当てられて口すら開けない私を置いて、二人は更に不穏すぎる会話を続ける。
「常波からわざわざご苦労様。沙々羅は俺が送っていくから帰って良いよ」
「いや、俺が送っていくんで及川さんが帰ったらどうですか?」
「は?元々沙々羅を送るのは俺の役目なんだけど」
「でもさっき沙々羅さんが出てきた時居なかったじゃないですか」
「沙々羅のことだから、『気まずいから避けて帰ろう』とか考えて、裏門から帰るだろうと思ったらそっちに居たんだけど」
「じゃあ尚更俺が送りますよ。沙々羅さんに何したか知りませんけど、気まずい人と帰るよりマシでしょ」