第7章 さんかく
それで、ようやく日高くんと連絡先を交換する前に及川からメッセージが来ていたことを思い出す。
痴漢にあっていたまさにその時に注意換気のメッセージが来るなんて、なんてタイミングの悪さだろう。
心配して事前に注意換気をしたつもりだったのに実際は痴漢にあっていて、しかもそれを言わなかった。
及川からしたら気が気じゃないはず。それはわかる。
……だからって、そんな言い方はしなくたって。
手の中で細かく震える私の腕。
それに気付いた及川は、はっと我に返り私の腕を掴んでいる手から力を抜く。
「……ああ、違う。そうじゃなくて。ごめん。沙々羅は被害者で、悪いわけじゃないのに……」
及川は苛立たしげに自身の前髪を掻き混ぜた。
掴まれていた腕を及川の手から引き抜き、庇うように胸元へ引き寄せる。
掴まれていた場所からじんじんと痛みが伝わってくる。これは、痕が残っているかもしれない。
「……とにかく、家まで送るよ」
「……」
無言で頷き、ばつが悪そうに先に歩き始めた及川の背中を追う。
いつもはうるさいくらいに口が減らない及川は、一言たりとも喋らない。
当然私も口を開くことはなく、重たい沈黙が流れていた。
前を歩く及川の後ろ姿を、ぼんやりと眺める。
……及川の背中って、こんなに大きかったんだ。
今まで、気付きもしなかった。及川はいつも私の隣に立って、歩調を合わせて歩いてくれていたからだ。
……ねえ、及川。私、そんなに足早くないよ。
どんどん離れていってるよ。
その背中を穴が開くほど見詰めても、及川は振り返らない。
少しずつ、開いていく距離。
それは、私たちの心の距離を表しているようだと感じた。