第7章 さんかく
「部活帰りに駅で沙々羅を見かけたから追いかけてきただけだけど。ていうか話逸らないでよ。……何、俺には言えないような関係なわけ?」
「……そういうのじゃない。この前、電車で……痴漢に、あって。助けてくれた人。だから今日はそのお礼を……」
「……は、痴漢?」
及川の纏う空気の温度が、ぐんと下がったのを肌で感じた。
「……何それ、聞いてないんだけど。何でそんな大事な事黙ってたの?」
「……わざわざ言うことでもないでしょ」
及川に言えば、絶対に後悔するから。
自分がなぜその場に居なかったのか、なんてどうしようもないことで、自分を責めかねないから。黙っていたのに。
それを上手く伝えられる余裕はなくて、考えとはチグハグな態度を取ってしまう。
「――言う必要あるに決まってるだろ!!痴漢が増えてるから気を付けてって言ったのに、何でその矢先にそんなことになってるんだよ!!」
激しい憤りを含んだ声。
それが及川のものだと気づくのに、時間がかかった。
呆然と見上げれば、見たことのないくらいの怒りに染まった及川の顔。
及川からこんなに明確に怒りを向けられたことなんて初めてで、頭の中が真っ白になる。
「……どう、気を付けろっていうの。大体、気を付けろなんて、そんなの言われた覚えはない」
ああ、ダメだ。わかっているのに。
及川が私の事を本気で心配してくれていること。
それを無下にする物言い。ダメだと、わかっているのに。
理解に心が、追い付かない。
「一人にならないなり、防犯グッズを持つなり対策はあるだろ!!そういう内容のラインもしただろ!!」