第7章 さんかく
「な、何だ一体!?私は君たちのような輩に構っている暇は……ぶっふ!?」
鈍い殴打の音。
タオルを巻いた突き出した右の拳に、遅れてじんじんと痺れるような痛みがやってくる。
「ななな、何を……!!?こ、こんなことをしてただで済むとでも思っているのか!!!訴えて……っ!!」
壁に背を預け、殴り飛ばされた姿勢のまま何やら喚く男。
その脂ぎった顔の真横の壁を、右足の靴底でガツンと蹴れば、真っ青な顔で閉口した。
壁に足を付けたまま少し身を屈め、すっかり大人しくなった男を冷ややかに見下す。
「……次、同じことやったら一発じゃ済まさない」
「ひっ……!?」
わざとゆっくり壁から足を退ければ、男は転がるような勢いで閑散とした駅のホームを飛び出して行った。
「わー……流石湯野……」
「ははは……男の俺たちの出る幕はなしですね」
痴漢から助けられた直後に止まった、この小さな駅に降り立ったのはつい数分前のこと。
激しく抵抗する男をあっさり押さえ込んで電車から降ろす、私を助けてくれた彼と共に。
ホームへ降り立った私は、続いて電車から飛び出して男から私を背に庇う菅原と、駅員に突き出そうと言う彼を制し、無言で男を殴り抜いた。
私の行動に呆気に取られていた菅原と彼も、男が逃げたことで我に返ったらしい。乾いた笑みを浮かべている。
そして私も、男が居なくなったことで、ようやく張りつめていたものが弛緩する。
「湯野、さっきは一人にしてごめんな。大丈夫か……って」
「う……ぅううっ……!」
ぼたぼたとコンクリートを濡らす大粒の雫。
それは私の頬を伝い、双眸から止めどなく溢れる……涙だった。