第6章 月曜日
やはりここは、こっそりこの場を去って、及川を置いて正門から帰るのが一番無難だろう。
そう決めて離れようとした矢先、聞こえてきた麻子の声に足を止める。
「えー、私だったらそんなことしないのになー」
及川の腕に、さりげなく触れる麻子の後ろ姿。
麻子は芸能人から身近なクラスメイトまで守備範囲が広く、イケメンとあらば誰彼構わず騒いだり、近付こうとする。
でも、あからさまに触れることなんて滅多にしない。
あれは、かなり本気で狙っているサイン。
「遠慮なく手が出て来るのって信頼の証だし、俺は構わないけどね」
「優しいんだね。私だったら絶対愛想つかしてるけど。普通、優しくしてくれる相手にそんなことするなんて、神経疑うよ」
「……っ!!」
目の前で私への非難めいた言葉が麻子の口から飛び出したことに、頭を思いきり殴られたような衝撃を受ける。
覚えのある感覚。前にも、何度かあった。
中学時代。友達だと思っていた子。
忘れ物を取りに来た放課後の教室で。
聞こえてきたのは、及川と付き合い始めた私を非難する言葉。
教室の扉の向こうに立ち尽くす、私に気付かずに。
「友達になろう」と言ったその口で、暗く澱んだ負の感情を吐き出す。
悪意の言葉は鋭い刃物となり、私の胸を深く抉ったのだ。
麻子は、大事な友人。中学の時の彼女もそうだった。
けれど、恋とはかくも恐ろしいもので。
恋する相手と大事な友人。
その二人が恋仲であった場合、大切だったはずの友人が、途端に憎くて堪らない存在へ変化することがある。
恋とは素敵なもの。
心に色とりどりの輝きとぬくもりを与える。何にも代えがたい幸せなもの。
けれど同時に、大切にしていたはずの友情さえ壊す、毒ともなりうる。