第5章 攻防戦
『湯野沙々羅さん。もう一度、俺と付き合って下さい』
心が動かなかったと言えば、嘘になる。
及川が未だに自分に好意を持っていたという事実に、少なからず喜びを感じたということも。
けれど、その告白に、私は首を縦に振ることはなかった。
「それじゃ、お疲れー!」
「おー、お疲れ。またな」
「お疲れさまでーす!」
ぱらぱらと返ってくる返事を背中に受け、体育館をあとにする。
日が落ちて、辺りはすっかり薄暗い。
烏野高校の敷地内は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
全国を目標に掲げて力を入れている男子バレー部は、他の運動部に比べ、練習時間が長い。
さらに、通常の練習後に自主練習を行う部員も居るため、いつも学校の門を最後に潜るのはバレー部員だ。
因みに、門限破り常習犯として、日直の先生たちから大変不評だったりする。
顧問の武田先生が戸締まりを肩代わりすることで、事なきを得ているらしいけど。
武ちゃん先生、本当にお疲れ様です……。
「はぁぁ……つっかれた……」
男子バレー部専用の第2体育館から離れたところで、思わず大きなため息が出た。
今日は異様な疲労感が身体を襲っていた。
まるで肩に重石でも乗せられたみたいだ。
……原因はわかりきっているのだけれど。
「まさか潔子があそこまで食い付いてくるとは……」
元々は昨日の買い出し時に私が急に逃げたこと、そして及川が私を追いかけたことについてのフォローのためだった。
それが及川との関係を開かす羽目になり、影山のせいで要らんことまで暴露してしまった。
あぁぁぁ、のたうち回りたいほど恥ずかしい!明日からどんな顔して部活行けば良いのさ、影山め……!!
そして何より、及川が私に告白したと聞いて、何故か私が告白を受け入れたと全員が勘違いしていたこと。
私が及川の告白を断ったと訂正した時の皆の顔といったら!
解せぬ。
寧ろ何で私が及川と付き合うと思ったのかじっくり問い詰めたい。是非。
すぐに烏養コーチが来て練習が始まってしまったから、実際にはそれは叶わなかったのだけれど。