第4章 帰り道
てっきり、糾弾されるとばかり思っていた私は拍子抜けする。
負の感情など欠片も含まない、至極穏やかな声音。
「でもね、もう良いや」
固まる私に、及川が振り返って微笑んだ。
「だって沙々羅、全然変わらないんだもん。前みたいに、暴言吐いてくるし、蹴ってくるし、素直じゃなくて、その癖何だかんだで俺に甘くて、くるくる表情が変わって……。びっくりするくらい前と同じだから、怒ってる方が馬鹿らしいなーって。もうどうでも良くなっちゃった」
……あぁ、ムカつく。
この笑顔。この言葉。私へ向けるこの目線。
何で私を追いかけてきたの。
何で怒らないの。
何で私が前と変わらないからなんて、笑ってるの。
まるで、まだ私のことが好きみたいな、思わせ振りな態度。
本当に、腹が立つ。
でも、何よりの腹が立つのがーー及川の態度に少し期待している私自身。
自分で別れておいて及川からの好意を期待するなんて、自分の浅ましさにうんざりする。
……だから、及川には絶対逢いたくなかったのに。
「ううん、変わってないっていうのは違うかな。沙々羅、ますます綺麗になってるし」
「……やめて」
喉から唸るような声を絞り出す。
「やめてよ。怒れば良いじゃない。何で逃げたんだって責めれば良い。……なのに何で、今更気のあるフリなんてするの。一体何のつもり?仕返しでもしたいわけ?」
違う。
及川はそんなことしない。
わかってるのに、言葉が止まらなかった。
――期待するな。これ以上近付くな。
傷付きたくない弱い私が、自分を護ろうと必死で自身を棘で覆う。
だけど、及川は。
及川徹という男は。
その棘ごと、私を包み込んでしまうようなヤツだった。
「フリじゃないよ」
及川が一歩踏み出す。
「本当で気があるんだよ、沙々羅に」
「だから、そういうのはやめてって」
「――好きだよ」
ヒュッと、空気が自分の気管を通る音が、他人事のように聞こえた。
街灯に照らされて陰影を刻む顔は、柔らかく笑みを湛える。
その目には隠しきれない熱が宿っていた。
「湯野沙々羅さん。もう一度、俺と付き合って下さい」