第4章 帰り道
太陽は地平線へ沈み、辺りには夜の帳が落ちていた。
月の冷え冷えした光と無数の星の瞬きのみが空を静謐に彩る。
一方で、地上は煌々とネオンが灯り、街は昼間とは異なった様相を見せていた。
足早に通り過ぎる人々。
誰かの笑い声、調子外れの音楽。
車の排気ガス、飲食店の食欲を刺激する薫り。
全てが雑多に混ざりあったその空間が、私は嫌いではなかった。
ぼんやりと柔らかい光を灯す街灯を眺めていると、突然目の前に差し出された何かが視界を遮る。
「はい、どーぞ」
目の前ものに焦点を合わせれば、それはアルミ缶だった。
オレンジ色のそれには、よく見覚えがある。中学時代、私が好んで飲んでいたジュース。
……こいつ、未だに私の好みなんて覚えてたんだ。
「……ありがと」
「どういたしまして」
礼を言って受け取れば、今度は及川の笑顔が目に映った。
にっこりと擬音が付きそうな愛想の良い微笑み。
これは確かに女子が騒ぐはずだわ、と今更かつ他人事のように考えて、プルタブを開けた。
口をつければ、舌に広がる甘酸っぱい柑橘類に似せた味。飲み慣れた甘さに、ほうっと息が漏れる。
歩きながらちびりちびりと口をつけていると、視線を感じた。
その視線の主……及川は、スポドリの缶を片手に、隣でジュースを飲む私をじっと見下ろしていた。
「……何?」
「ううん、別に。ただ、沙々羅だなぁって」
そう言って及川は、珍しく心底嬉しそうにふにゃりと相好を崩す。
「なんか、中学の頃に戻ったみたいでスッゴイ嬉しい」
「……あっそ」
ぶっきらぼうに返事をして、及川の視線を振り切るようにそっぽを向く。
ジュースに含まれる糖分で甘ったるい口腔とは裏腹に、心の中は酷く苦い。