第3章 昔日
※過去話。
『好きだよ、沙々羅』
耳元に囁かれた蜂蜜のような甘い声。
腕に抱えたバレーボールが、ボトボトと床に落ちてバウンドする。
頬を真っ赤に染めて、恥じらいに手を離した……わけではない。
全身を襲った鳥肌と寒気に、身体を硬直させたことによるものだ。
『耳元で喋るな止めろ気色悪いボケ及川!!』
『きしょ……!?酷いよ沙々羅ちゃん!』
『アンタがキモイことするからでしょうが!!うわー鳥肌止まんない』
『ちょっ、照れ隠しとかじゃなく本当に鳥肌立ってるんですけど!?』
きゃんきゃんと騒がしい及川を無視して、落としたボールを拾う。
その後ろから及川が寄ってきて、ベタベタとまとわりついてくる。うぜえ。
『沙々羅ちゃん無視しないでー。及川さん泣いちゃう』
『泣け。ぐちゃぐちゃの泣き顔晒して倉本たちにドン引きされろ』
いつもの調子で暴言を口にして、はっとする。
『……もしかして、また何か言われた?』
『いや、別にそういうわけじゃ……』
『沙々羅』
真剣な声で名前を呼ばれて、口を噤んだ。
こういう場面において、及川は物凄く鋭い。見逃して欲しいことを、絶対に見逃してくれない。
『……いつもと同じ。下らないこと言われて……ただ、今日はなんかすっごい頭にきて……』