第1章 おとことおんなとこどもとおとな
ただいまの時刻、午後7時過ぎ。
定時はとっくに過ぎているけれど、残業が当たり前の馬鹿真面目な日本社会において、この時間に退勤しているのは早いのだろうか、それとも遅いのだろうか。
そんな事を考えながら、あたしは待ち合わせ場所でぼんやりと街のネオンサインを眺めていた。
・・・今日で25歳か。
ちょっと前まで子供だったような気がする。あたしは時の流れの速さにただ圧倒された。
いつの間にやら25歳。お酒も飲める、定職にも就いてる。
子供の頃に欲しかったものなんてあっさり買えるぐらい、それなりに収入も得ている。
あの頃のあたしから見て、今のあたしは「かっこいい大人」になれているのだろうか?
・・・そういえば、あの頃のあたしが立てていた人生設計によると、25歳であたしは「幸せなお嫁さん」になっているんだっけ?
「沙織!」
雑踏からあたしを呼ぶ声がする。左を向くとあたしに手を振る男性が見えた。
あたしも手を振り返すと、その男性は小走りにこちらに一直線。その様子は歳の割に子供のように見えた。
「すまんすまん。打ち合わせが思ったより長引いてなぁ。」
「部長さんは大変ですね。」
くすっと笑うと、彼から「外では悟さんと呼ぶ約束だろう?」と釘を刺された。
「とにかく飯にしようか。今日は予約してあるからな。」
「きゃー素敵!どんなお店ですか?」
「奮発したぞー?なんてったって、今日は沙織の誕生日だからな!」
はははっ!と豪快に笑いながら、悟さんはあたしの肩に手を回してエスコートしてくれた。
いつの間にやら25歳。高級店にも行ける、デートする相手もいる。
子供の頃に欲しかったものなんて全部買ってもらえるぐらい、十分な財力を彼は持っている。
・・・ただ違うのは、あたしは子供の頃のあたしも想像していなかった「不倫する大人」になってしまったという事だけだった。