第1章 狢
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「ねえ、忍者の三禁は知ってる?」
「……たしか酒、欲、色、だろ。」
「当たり。」
流れで話が変わり、突然出された質問に銀時は答える。そして正解したご褒美とばかりに、女はちゅう、と銀時の下唇を啄むようにキスをした。
「忍にとって酒と欲はそれほど問題でもないの。酒に溺れないように幼い頃から慣らされてるし、欲も幼少時に無欲恬淡な価値観を教え込めば割となんとかなるものよ。でもね、色だけは違う。」
いくら色恋沙汰を否定しようとも、一度でも恋してしまえば、どんなに感情を押し殺した忍でも落ちる。所詮は人間だ。理性とは別の所で動く情というものを押さえるのは至難の業である。成人する前に一度は誰もが経験する事であり、苦い恋を乗り越えて忍として一人前になる者もいる。そんな中、猿飛あやめは特殊な例だと言えるだろう。成人しても尚、一度も男に心を許した事がなかったのだから。
「今まで優秀な忍らしく恋もしてこなかったのよ? だから私も安心して彼女に恋してられたし、いつか彼女も私のように女に興味を持つ日が来るのを期待していられたの。それが突然、ぽっと出の貴方にあやめの心を取られた。だから、期待するのはもう止めたわ。彼女への恋心も、近い内に捨てるつもり。」
「随分、諦めが早ぇじゃねーか。結局、その程度の気持ちって事だろ? なら良いじゃねーか、アイツのこと忘れりゃ。」
「しーっ。」
まるでグズる赤子を宥めるように、名無しの女は銀時の口許に指を添えた。その仕草と表情は慈愛に満ちた母親を彷彿とさせるが、同時に「それ以上、喋るな」とでも言うように妙な威圧感も降り掛かった。