第1章 狢
……は? 逆恨み?
意味が分からなかった。この女と銀時は初対面のはずである。この女に何かされた覚えも、銀時がこの女に何かした覚えも無い。イメクラで粗相をして彼女を怒らせたのならばまだ理解できる。だがビール三杯程度で醜態を晒す銀時ではないし、あのイメクラに足を踏み入れたのも初めてだった。しかも、その場で睡眠薬を所持していたという事はその前から銀時を怨んでおり、計画的に薬を盛った証拠でもある。ならばイメクラ以前にこの女と会った記憶は無いのは何故なのだろう。困惑した面持ちで目の前の女を見据えながら、視線で詳細を催促する。
一方、劣位に居ながらも鋭い視線を投げかけて来る銀時に、女はクスクスと笑った。何の動作も出来ないことを良い事に、女は銀時の脇腹を挟むようにベッドの上で両膝をつく。そのまま上半身を倒せば、ナース服一枚で隔てた体が銀時と密着した。顔と手も銀時のインナーから覗く胸元へと委ね、上目遣いで銀時を見つめ返した。
男であれば、こんなシチュエーションほど美味しいものはないのだろう。化粧を落としたとはいえ、顔の作りは良い女に迫られているのだ。しかも肉付きも良く、胸の弾力が理想的な柔らかさだ。積極的な女は嫌いな銀時だが、もしこのまま甘い言葉で誘惑されたのならば抱いても良いとさえ思えるような色気だ。
しかし女の口から告げられたのは、場違いで衝撃的な告白だった。
「私ね、あやめが好きなの。」
再び銀時の頭は混乱する。あやめとは、あのストーカー女の事だろうか。好きとは、友達としての好きなのだろうか。それともまさか……。
「忍者学校の頃からずっと片思いしてたわ。何に置いても、彼女は私の最優先事項だった。彼女が得意な忍術は真似して同じくらい得意になったし、彼女が苦手な忍術は私が修行をして教えてあげたの。あやめが笑えば私は嬉しかったし、あやめが泣けば私は原因を根絶やしにした。」
言わずもがな、女は猿飛あやめに恋慕の情を抱く同性愛者だった。