Destination Beside Precious
第6章 4.Wanna Monopolize Love
不服そうな声が上から聞こえた。見ると、夏貴が神経質そうな眉を不満げに寄せていた。
空は橙から濃紺に移り変わろうとしている。
夕陽が、宵闇に呑み込まれる時を汐はその瞳に映した。
「そうだよ」
「ふうん」
夏貴は凛の話題になると毎回必ず気に食わなさそうな、面白くなさそうな顔をする。
汐には夏貴がどうしてそんな顔をするのか、その理由がわからなかった。
「夏貴は凛くんが嫌いなの?」
「...は、え、別に嫌いなんかじゃないよ」
思い切って汐は訊いてみた。すると思いのほか拍子抜けしたような返事が返ってきたから汐は驚いた。
見上げると夕陽の瞳はきまりが悪そうに泳いでいた。
「そうだったの?」
「そうだよ。...凛さんの話はいいでしょ、もう。…高校ね」
夏貴は空を仰ぐ。
薄い雲に覆われた空の隙間から時折月が見え隠れする。
またその流れる雲から姿を現しつつある星空はとても澄んで見えた。
ひときわ明るく輝く星には手が届きそうな気がした。
「憧れを追うことにした」
「憧れ?」
「うん。僕が小学生のときから憧れている人だよ」
明確に、どこ、だれ、とは言わなかった。
夏貴の憧れ、誰だろうか。夏貴が憧れるに値する人物。きっと相当な人物なのだろう。
「じゃあ高校でも水泳続けるんだね」
直観がスイマーだと言っていた。
夏貴は上から汐を見て笑った。
汐と同じようないたずらな雰囲気に夏貴特有の不敵さが合わさったような勝気な笑みだった。
「もちろん。全国で個人メドレーは金だったけどブレとフリーは銅だった。どっちも僕の上にはまだ2人いる。負けたままなんてごめんだね」
高校で僕は絶対に金メダルを獲る、夏貴はそう言い放った。
「そっか。うん。応援するよ、ずっと」
さっきの夏貴は凛に似ていると思ってしまった。
夏貴の夕陽の瞳は決意に満ちていた。
彼氏だろうと弟だろうと、夢や目標に向かって真っすぐな人はとても素敵だと思う。
汐にはそれが眩しくて仕方がなかった。
「ねえ夏貴」
「ん?」
「その学校って...」
「ああ...」
夏貴の唇が動いた。
少女のような愛らしさを持った形のいい唇はひとつの単語を紡ぐと、雲の切れ間から彼が仰いだひときわ明るく赤く輝く星が覗いた。