Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
「大丈夫だよ、あたしは、平気だから…」
平気というには、笑顔が悲しすぎる。
笑っているのに、泣いている。
心と表情がまるで繋がっていない。無理矢理貼り付けたような、歪な笑顔を汐は浮かべていた。
「頼むから自分の気持ちと痛みに嘘をつかないでくれよ…っ!」
悲痛な凛の叫び。懇願。
平気だなんて嘘だ。
だって汐はこんなにも愛情に飢えて、今も人に嫌われることを異常に怖がるのだから。
人から嫌われることを恐れるあまり、自分の感情に嘘をつき続けて、悲しい時に笑うようになってしまったのだから。
当事者でない凛でさえこれだけ胸が引き裂かれそうなほど苦しいのだ。
汐本人は想像を絶するくらい痛くて、寂しくて、悲しくて、つらくて仕方なかっただろう。
もう、これ以上そんな思いはして欲しくない。
笑うのは楽しい時と嬉しい時でいい。悲しい時は笑わなくていい。そういう時は泣いて欲しい。
そんな願いを込めた凛の叫びは、重く閉ざされた汐の心の扉を確かに叩いた。
「自分の…痛み…?」
呆然と、汐は呟いた。
背中にまわされた手から力が抜けていくのを感じた。
怯えと困惑を半々に宿した朝焼けの瞳を、眦を紅くした凛は真正面から見つめた。
そして力強く言い切った。自分の気持ちと向き合うことに慄く汐を励ますように。
心の中で膝を抱えて俯く汐へ、優しく手を差し伸べた。
「汐は、色んな感情を我慢し過ぎだ。もっと怒って、もっと泣いてもいいんだ。俺も、汐の周りにいる奴らもそんなんで嫌いになったりしない。腹が立ったら怒って、悲しかったりつらかったら泣けばいい。怒りや悲しみごと、俺は汐を受け容れるから…、頼むからひとりで苦しまないでくれ」
それは、長く厳しい冬に訪れた暖かな春の兆しのように。
冷えきった汐の心の琴線に温かく触れた。
「感情を…我慢…」
凛の言葉で初めて気づいた。
閉じ込めて鍵をかけたことは、我慢していたということに。
雁字搦めになって凍りついた感情が、ゆっくりと解けてゆく。
心の中で俯いたままだった汐は、顔を上げた。
「つらかった…のかな、あたしは」
差し伸べられた手を取ると、力強く握り返された。
「…さみしかった…のかな、ずっと…」
温かく力強い手は、汐に勇気を与えてくれた。
そうだ、思い出した。
幼い日々に泣いていたのは、ひとりぼっちでつらくて寂しかったからだ。