Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
「怒られる?大変だな…。でも、誰に?」
「お父さん、お母さん、お手伝いさん達。怒られるっていうか、注意されてたかな。それで、習慣になっちゃった」
汐はおどけて言うが、家の中で好きな格好が出来ないのは息が詰まりそうだと凛は思った。
「なあ汐、ふと思ったんだが、汐ん家っていつも誰もいないよな」
ふと思ったなんて嘘だ。
言い方は悪いが、絶好のチャンスだと思った。
汐の口から両親のことが出てきたこの機会が1番自然に訊くことが出来る。
「…お母さん、研究で忙しいから。お手伝いさん達も平日の昼間しかこないし。…昔からそうだし、平気」
〝平気〟
表情は読めない。
扉の前で立ち止まり、凛に背を向けたまま言った。
普段の口調が穏やかなだけに、この叩き落とすような言い方は珍しい。
ぴしゃりとシャットアウトするような響きに驚かざるを得なかったが、臆することなく凛は続ける。
「本当に平気なのか?…汐。お前は、自分の家族のこと、どう思ってる…?」
「…っ!」
振り向き、その瞬間時が止まったかのように息を呑み瞠目する汐。
しかし、それも束の間。
逆に凛の方が言葉を失うこととなった。
見開き、伏せ、もう一度凛に目を向けた汐は、凛の知る朗らかで優しい汐ではなかった。
今まで1度も見た事がない。初めて見た。絶対零度なんてとても生温いと思った。
「…そっか、そういうことだったのね」
全てを察したことを意味する、妙に腑に落ちたような、据わった声。
まだ陽は落ちていないはずなのに、部屋全体に影が差す。
雲が太陽を隠し、闇に呑まれたように汐の瞳が昏く揺れる。
背筋に冷たいものが走る。汐の逆鱗に触れたかもしれない。
初めて汐に対して〝怖い〟と思った。
昨晩の夏貴を思い出す。紛れもなく血を分け同じ環境で育った姉弟だ。同じ顔、同じ声だった。
「…」
慎重に言葉を選んだつもりだったが、思った以上に単刀直入に訊いてしまって言葉に詰まる凛。
それを見かねたのか、汐は肩を落として黙り込む凛の元へ歩み寄り向き合うように座った。
「大丈夫。怒ってるわけじゃないの。それに、あの場にいたみんなも知ってることだから。凛くんだけ知らないのは、あたしが凛くんと同じ立場だったらずるいって思うかな」
声も表情も穏やか。先程の姿は見間違いかと思ってしまうほど。
しかし、どこか諦めと覚悟を感じさせる口調でもあった。