Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
「ん…」
夢を見ていたような気がする。
温かな胸と、逞しい腕に包まれていた。
目を覚ました汐は軽く身じろぐと、頭の上から穏やかな声が掛けられた。
「ん、汐。起きたか」
「うん。ごめん、起こした?」
「いや、さっき起きた」
明らかに疲れていた凛を起こしたわけではないと分かり、ひとまずは安心した。
凛の胸に顔を寄せると、静かに脈打つ鼓動が響いた。
ぎゅっと腕をまわすと、汐の髪を指で梳いていた凛が問いかけた。
「どうした?」
「ううん。ただ…」
細い声で続ける。
「夢を見た…ような気がするの」
「どんな?」
「…昔の記憶、かな…。後半は違ったみたいだけど…」
薄れゆく夢の内容を細かくは言わなかった。
昔の記憶というが、今もそう大して変わらない。
あれは、凛とは無縁のもの。
胸の奥深くに仕舞い込み、鍵をかけたもの。
それなのに、何故今更こんな夢を見たのだろう。
「いい夢だったか?」
「…」
この問いに無言は否定を表すと思ったが、何も言えなかった。
いい夢でなかったのは事実だ。
「だから元気がねぇのか」
「…そうかな?」
「俺にはそう見えるが」
声や表情に出ていれば、凛には誤魔化しが通用しないことをこれまで過ごしてきた時間で理解している。
ただの夢の話なのに、凛に要らない心配をかけてしまう。
これ以上この話題は、辞めておこう。汐はそう思った。
「心配してくれてありがとう。…意外と寝過ぎてなかったみたい」
凛から離れた汐は起き上がって窓の外を見ながら明るくそう言った。
分かり易く話題を変えたと凛は思った。
しかしそのことには触れずに、そうだな、と相槌を打った。
「あ、やば、着替えてなかった」
部活の時のままの服装に対して汐は言うと、着替えようと考えたのか、ベッドから降りて扉を向かう。
凛もそれに倣い、ベッドから降りて床に座る。
「汐いつも家に帰るとちゃんとした服に着替えてるよな」
凛が言う通り、汐はいつも帰宅後すぐに着替えていた。
部屋着というにはめかしこんだ、そのまま外出できそうなきちんとした服装だ。
Tシャツやパーカーなど、ラフな服を着ている姿はほぼ見たことがない。
「それが習慣になってるからね。部屋着らしい服を着てると、…」
「着てると?」
「…怒られるから」
扉の手前で立ち止まる汐。
そう答えた声からは感情を感じられなかった。