Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
笑顔で駆け寄り、見て見てと手を伸ばす。
『ごめんね。私、仕事があるから、また今度にしてちょうだい』
そう言って一瞥をくれることなく去っていった。
見てもらおうとしたそれを引っ込め、助け舟を求めるように周りを見る。
『我儘を言ってはいけません。お嬢様はいい子ですから、分かりますよね?』
みな、首を横に振りその場を後にする。
ひとり残された少女は、手に持っていたそれをしわが寄るほど強く握りしめ、唇を噛む。
『それよりも、この前の塾の模試はどうだったんだ』
暗い部屋でひとり、膝を抱える。
傍らには、投げ捨てられた音楽コンクールの賞状。
みんなに見て欲しかった。誰も目を向けてくれなかった。
さざ波のような泣き声を洩らす。
ひとりぼっちで、誰にも気づかれないように。
「みんな、もっと、あたしを見て…」
これは、誰かの記憶か。否、幼い頃の自分の記憶だった。
汐は膝に埋めた顔を上げた。
更に暗くなった部屋で扉を背にひとり膝を抱えていた。
あの頃を思い出しても、もう涙は出てこない。
もう諦めてしまった。泣けど喚けど、自分を見てはもらえなかった。
「あたしは…」
あの頃と同じ、朝焼け色の赤紫の瞳を伏せ、再び膝に顔を埋める。
(ひとりぼっちだ…)
声も無く、涙も流さずに泣いた。
負の感情を曝け出して疎まれたり叱られるくらいなら、抑え込んで生きていく他なかった。
嫌われたくなかった。必要とされたかった。
嬉しい時や感動した時は自然と涙が出てくるのに、こういう時には凍りついたようにひと雫も涙が出てこない。
『違う』
背後から向けられた声は、はっきりとひとりぼっちを否定した。
顔を上げ、振り返る。
すると、重く閉ざされていた扉がゆっくりと開いた。
『姉さんはひとりぼっちなんかじゃない』
『わたしを忘れてもらっちゃ困るなぁ』
『そうよ。アタシたちがついてるわ』
『そうだ。安心しろ』
『大丈夫だ、汐。約束しただろ?俺はずっと傍にいるし、なにがあったって汐の味方だ』
凍りついた感情を溶かすような、温かく頼もしい声と笑顔。
光が見える扉の向こうから差し伸べられた大きな手を取ると、力強く握り返された。
それに勇気をもらった。
立ち上がり、恐る恐る、しかししっかりと汐は一歩を踏み出した。
扉の先へ、汐を待つ笑顔のもとへ。
そんな、夢を見ていた。