Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
〝泣いてるかもしれないのに〟
どれだけ記憶を辿っても、凛は夢の中の出来事でしかその姿に出会うことが出来なかった。
なにか、とても大切なことを見誤っている気がして仕方がない。
「そういえば俺…、汐が泣いているところ、見たことねぇ…」
恐らく泣いていたであろう後ろ姿は見たことがあっても、自分の前で泣く汐はこれまで一度も見たことが無かった。だから汐の泣き顔を知らない。
そうだ、汐は喜怒哀楽の4つの感情のうち〝喜〟と〝楽〟の2つはよく見せるが、〝怒〟と〝哀〟は滅多に見せない。
〝怒〟の感情はそもそもあるのかどうかすら分からないし、〝哀〟の感情を出したとしても、それにはいつも負の感情を押し殺したような笑顔が添えられていた。
「前、姉さんに〝母親にまでならなくていい〟って言ったけど、僕は多分、これまでずっと姉さんに無意識に母親の温もりを求めていた。それがきっと、姉さんから逃げ道を奪った」
夏貴は汐に愛されていた。
母親から注がれるはずだった愛情を姉に求め、姉である汐はそれに応えるよう慈しみで夏貴を包み続けてきた。
「僕はいつまで経っても姉さんにとっては守るべき弟のままだ…」
幼い頃からずっと守られてきた。だから今度は自分が姉を守りたい。
そう思うのに、どれだけ成長しても姉にとって自分は庇護するべき小さい弟であって、姉を守る存在にはなり得なかった。
それが情けなくて、悔しくて、でもどうしようもなくて。
俯き、膝に顔を埋める夏貴。弱々しく頼る声は、震えていた。
「凛さんお願い、姉さんを助けてあげて…」
しばらくの間、何も言えなかった凛はやっとの思いで口を開いた。
「話してくれてありがとな」
任せろ、とは言わなかった。言えなかった。
「夏貴、お前本当はすげぇ優しい奴なんだな。…大丈夫だ。お前の優しさと守りたいって気持ち、きっと汐には伝わってる。弟妹がそう思ってくれてる、それだけで兄貴や姉貴は心強いし支えられる。〝きょうだい〟ってのはそういうもんだ」
無責任なことは言えないが、どうしてもこれだけは伝えたかった。
励ますように夏貴の頭をぽんぽんと撫で、その場を後にした。
そっとしといてやるのが今は賢明だと思ったからだ。
階段を降りながら凛は納得した。
時折汐が纏うあのどこか達観したような雰囲気、それは幼い頃から何度も味わった諦めからくる、哀愁だった。