Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
きっと、傷ついてきたのだろう。愛を実感したかったのだろう。
でなければ〝親に愛されることが幸せ〟だなんて言うはずがない。
凛は自分の境遇と経験のみで反論しそうになったことを反省した。
「…すみません。けど、事実榊宮家は僕と姉さん以外疎遠だ。一緒に住んでる母親でさえも」
凛は姉の恋人であるが先輩でもある。そんな凛に対して怒りを露わにしたことを夏貴は詫びる。
母親でさえも、その言葉に凛は汐の誕生日の2日前のことを思い出した。
一緒に住んでいる汐と夏貴の母親、榊宮サエコ。
母親というよりも貴婦人という方がぴったりはまる、美貌の女性だと思った。
そうだ、あの時も違和感を覚えた。
あの時の話というのは、翌々日に控えた汐の誕生日の日付が変わる瞬間を祝うために家に行くこととその許可をもらうことだった。
扉越しにその話をした時に返ってきた言葉は、〝もうすぐあの子の誕生日だったかしら?好きにしてくれて構わないわ。私は家にいないから〟だった。
凛の中では違和感よりも許可を得られた安心感の方が大きかったのが正直なところだ。
忙しい人だから日付の感覚が無くなっているのだろうと、その時はそうやって自己完結させたが、今思えばあの時の口ぶりはどう考えても娘である汐のことに対して無関心でしかない。
母親に話があると言ったら蒼白な顔をしていた汐。理由を考えても分からなかったが、夏貴の話を聞いて納得した。
「僕は、これで良かったのかな…」
弱々しい声で夏貴は呟いた。
膝を抱えて缶を握りしめ一点を見つめる瞳は濡れているようにも見える。今にも泣き出しそうだった。
「姉さんと一緒にいて自分に妥協するか、家を出て自分の憧れを追うか、それを天秤にかけた時に自分の憧れを選んだ。県外に行くより最善の選択だと思ったけど、結果姉さんをあの家にひとりぼっちにさせてしまった…」
苦しそうに言葉を絞り出す夏貴。
特待生として練習に参加した初日に自分の憧れは間違っていなかったと、自分の選択は間違っていなかったと確信した。
その時は確かにそう思った。しかし、家を出てから会う姉の寂しそうな表情を見る度に自分は本当にこれでよかったのかと迷いが生じる。
だからきっと、凛に対して話しているのかもしれない。自分を肯定してもらいたくて。
「こうしている今も、もしかしたらひとりぼっちのあの家で泣いてるかもしれないのに」