Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
「あとは…?」
夏貴の追及に凛は口を噤んだ。それ以上出てこなかった。
それ以上のことは知らなかったからだ。
「…俺、汐から夏貴以外の家族の話、聞いたことねぇ…」
今まで気にも留めていなかった。
しかし改めて思い起こすと凛が訊いたら答えてくれることはあっても、汐が自発的に夏貴以外の家族の話をしたことは今まで無かった。
「…そうでしょうね」
抑揚のない夏貴の肯定に、凛の背筋がすっと冷えた。
夏貴が浮かべたのは、不気味なくらい腑に落ちたような、それでいて諦めにも似た達観した笑みだった。
ああ、この表情、見たことがある。ちらつく汐の影が一致した。
今目の前にいる夏貴は、汐と同じ顔をしている。
言葉にし難い、厭なざわめきが凛の胸に広がる。
「どういうことだ…?」
そう問いかけるも、本心ではその先を知るのが怖かった。今までそうであると信じて疑わなかったものが覆されそうで。
静かな空間。自分の鼓動がとても大きく聞こえる。
真実は、ひどく残酷だった。
「僕たち榊宮は、仮面家族だ」
〝仮面家族〟
ひゅっと息を飲み瞠目する凛。
ふたりの間を吹き抜ける風が一際冷たく感じた。
言葉を失う凛に、夏貴は悟る。
姉の恋人は本当に何も知らなかったのだと。
そして姉は本当のことを何も言わなかったのだと。
だからこそ、今こうして自分が打ち明けていることに意味が生まれる。
「僕にも言えますが、姉さんはきっと、僕以外の家族のこと、好きじゃない」
夏貴がそう言った時、凛の脳裏に自分の母親が浮かんだ。無茶を言っても背中を押してくれて、帰った時には笑顔で迎えてくれる母親の姿が。
凛は母親や江…家族を大切に思っている。
だからこそ、夏貴のあの言葉に対して怒りのような感情が喉元までせり上がった。
しかしそれは口から出ることは無かった。
夏貴の絶対零度よりもさらに凍てついた瞳と、幽鬼の如き表情に封殺され、凍りついたように何も言えなくなる。恐怖さえ覚えた。
「凛さん、あんたが言いたいことは分かる。けど、凛さんは親に当たり前に愛されることがどれだけ幸せかなんて分からないだろ」
一切の反論を許さない、怒気を含む冷えた声だった。
仮面家族だと言っていた夏貴。
凛の想像でしかないが、あの諦めたような達観した笑みと無感情な冷えきった声とは裏腹に、本心は違うところにあるような気がした。