Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
「なにかあったのか?」
思えばこうして夏貴とふたりきりでゆっくり話すのは初めてかもしれない。
振り向き、夏貴の顔を見て問うた。そこには、これまた初めて見る塞ぎ込んだ様子の夏貴。
神経質そうな眉は下がり、愛らしい唇は結ばれている。茜色の瞳には憂いが溢れている。
顔が似ているからか、どうしてもその顔が汐と重なった。
一瞬、思い悩み今にも泣きそうな汐の姿が脳裏に浮かんだ。だが、その姿はこれまで見たことがない。
汐に電話する予定だったが、悩む夏貴を見過ごせなかった。
きっと汐もそれを知ったら夏貴を優先して欲しいと言うだろう。
弟想いで優しい、しっかりした〝お姉ちゃん〟だからだ。
「姉さん、最近どうですか?」
凛の問いかけに質問で返す夏貴。
あの夏貴から汐の話題を振られるとは全く考えていなかった凛は思わず驚く。
「どう…。…最近ちょっと元気ないな…。汐がどうかしたか?」
凛が言った通り、最近の汐は元気がないように感じる。
今日の帰りに打ち合わせをした時も、確かに元気がなかった。
しかしそれは、ここ最近汐に構うことが出来ておらず寂しい思いをさせていたから。凛はそう思っていた。
「そうですか。姉さんは…」
何か言いかけた夏貴であったが、口を閉ざす。
そして一呼吸空けて、別のことを訊いた。
「姉さんはあんたに家のこと話しますか?」
「家?」
意外な質問に凛は意表を突かれる。
家のこと。最近家のロボット掃除機が1台増えたと汐が言っていたが、夏貴が訊きたいのはそんなことでは無いだろう。
そうなると、多分これしかない。
「楽しそうによく話してるぞ、夏貴のこと」
あれだけ姉を慕う夏貴だ。それが今は離れ離れなのだから、仕方ないとはいえきっと寂しいのだろう。
ホームシックになる1年は少なくないが、それは時間が解決してくれる問題だ。
そう考えた凛だったが、夏貴の次の言葉でそれは全くの見当違いであったことを思い知った。
「僕じゃなくて、家族の…榊宮家のことは?」
「家族?」
凛の気付かぬところで、意味深に夏貴の瞳が揺らめく。
家族のこと。夏貴の質問の意図が見えてこないが、凛は記憶を頼りに榊宮姉弟の両親のことを思い出す。
「…汐から聞いたのは、榊宮は代々医者の家系だってこと。父親も医者で前住んでたとこに残ってること、母親が大学の准教授で仕事が忙しいこと。あとは…」