Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
寮の外階段に腰を下ろし、夏貴はぼんやりと空を見上げていた。
街中の喧騒がとても遠く感じる。
夏貴は目を伏せた。静かだ。心を落ち着かせるには丁度いい。
榊宮の家がある佐野町と比べると都会と言えるが、それでも夜になると辺りは静まり返る。
ゆっくりと瞬きをする。遠くの方から微かに届く車の行き交う音を耳に、今までよりも星が少ない夜空を瞳に映す。
5月上旬とはいえ夜はまだ少し肌寒い。頬を撫でる風がさらさらと夏貴の長めの髪を揺らした。
しばらくの間ぼうっと空を眺めていた夏貴だが、誰かがこちらにやって来る気配を察知し我に返る。
じっと階段の下を見つめる。そこへ現れたのは、部長であり姉の恋人である凛だった。
「…凛さん」
カツン、カツンと乾いた音と共に階段を登る凛に対し、夏貴は少し身構える。
仄暗い中で見る凛は、不本意だがいつも以上に綺麗だと思った。
自分には無い、大人の男が持つような色気さえ感じる。
いつもだったらなにかひとつ憎まれ口が出てくるが、今はそんな気にもならず逃げるように視線を外す。
「やる」
なにを、と夏貴は顔を上げた。それと同時に短い言葉と共に投げられたそれが弧を描き、吸い付くように夏貴の手に収まった。
受け取った手にじんわりと温かさが広がる。
「これ…」
「それ、お前も好きなんだろ?前汐が言ってた」
凛が夏貴に渡したのは〝まろやか練乳仕立てミルクセーキ〟。
いつか凛が汐にあげた飲み物と同じものだった。
汐曰く、自分の好物であるが夏貴の好物でもあるらしい。
「…ありがとうございます」
少しの沈黙の後、夏貴はお礼を口にした。
まだ夜が肌寒いことを心配し、温かい飲み物を選んでくれたのだろうか。
いつもは素直に受け取れない凛の優しさが、この時は殊更胸に沁みた。
凛は夏貴が座る階段の踊り場から1段下がった場所へ、お互いが同じ方向を見る形で腰を下ろした。
「鮫柄はどうだ」
まずは当たり障りのない話題で夏貴の出方を窺う凛。
「お陰様で、凛さん、あんたがうざいくらい構ってくれるんで、まぁ、楽しくやってます」
感謝されているのか迷惑がられているのか、どちらともとれる言葉に凛は眉を寄せる。
だがこの歯に衣着せぬ物言いはいつもの夏貴そのままで、逆に凛は安心した。
それに、いらないと言われると思っていた飲み物も間は空いたがお礼の言葉と共に素直に受け取ってくれた。