Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
「あー!お前は榊宮夏貴!!」
夏貴の姿を認めると、百太郎は大袈裟に声を上げた。
「何を今更、同じクラスでしょ」
「うるせぇ!ここで会ったが100年目!俺と勝負しろ!!」
「意味わかんないし耳元で大きな声を出さないで。うるさいから」
「なんだと!ちょっと女の子にモテるからって調子に乗りやがって!」
「はぁ…?」
「お前ら!喧嘩すんなら外でやれ」
埒の明かない言い合いをする1年ふたりに凛はアイアンクローをかますと、部長らしく彼らを叱った。
「あんたのせいで僕まで怒られたじゃないか。ていうか、なんで僕まで…」
「ま、まぁまぁ…」
とばっちりを食らってぶつくさ文句を言う夏貴。
そんな弟を汐は苦笑しながら宥める。
「明日の打ち合わせで汐に用事があったんだ」
「そう、あたしも」
やっと本題に入ることが出来る。
ふたりは場所を移そうと、賑やかなその場を後にした。
人気のない静かな通路へ移動すると、ふたりはその場にあったベンチに腰を下ろし打ち合わせを始めた。
両校の希望と練習メニューをすり合わせし、大まかな流れを最終確認する。
「じゃあ明日はこんな感じでいくか」
「わかった。璃保にも伝えとくね」
打ち合わせと言っても確認のみであるから、そう時間はかからない。
話を終えると、凛は汐をスピラノ水泳部の元へ送り届けるべく立ち上がった。
歩きだそうとした凛だったが、それを止められる。
汐に後ろから抱きつかれたのだ。
「汐…」
「わかってる。ごめんなさい。でも、少しだけ…」
許しを乞う声は細く、揺れていた。
場所を弁えろ、と窘めようとしたが思い直す。
そんなこと汐は承知であろう。なら、どうしたものか。
凛はまわされた小さな手にそっと触れた。
少しだけ、その言葉通り汐はすぐに離れた。
「最近、凛くん不足です」
いたずらな笑顔が寂しげなのが気になった。
考えてみるとここ最近のオフは、部屋替えの準備やスプラッシュフェスへの参加で汐との時間が取れていない。
寂しい思いをさせていたのかもしれない。
「悪いな。…明日練習終わった後時間あるか?」
「うん」
「なら、汐の家行っていいか?」
「…!もちろん!」
いつもと変わらない明るい笑顔を浮かべた汐の頭を凛は撫でた。
凛と汐は気づいていなかった。
ふたりからは死角になる位置から、一部始終を見守っていた少年がいたことに。