Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
帰宅してすぐに支度に取り掛かり、1時間を過ぎた頃に全て仕上がった。
1ヵ月ぶりの姉弟揃っての食事に汐は心が躍った。
いつもよりも豪華な2人分の夕食を用意して、汐と夏貴はテーブルに着いた。
「いただきます」
手を合わせ箸を取る。圧力鍋を使いデミグラスソースで煮込んだハンバーグを口に運ぶ。
(うん。美味しい…)
ほっと胸が温かくなり、笑みがこぼれる。
やはり誰かと一緒に食べる食事の方が美味しいししっかりと味を感じる。
正面に座る夏貴に視線を上げると、同じように美味しいねと微笑んだ。
汐にとって久々に幸せな食事の時間だった。
沢山のことを聞き話した。
鮫柄での生活のこと。凛や宗介やその周りの部員のこと。新しく出来た友達のこと。
翌々日から2日間に渡って行う鮫柄とスピラノの合同練習のこと。
そんな幸せな時間ほど、残酷なくらい一瞬で過ぎていく。
夕食を終えて後片付けまで済ますと思いの外時間が経っていた。
そろそろ夏貴は帰らなくてはならない。時計を気にする姿に汐は名残惜しい気持ちになる。
「姉さん、僕はそろそろ帰るね」
夏貴が躊躇いがちに汐に伝えた。
〝帰る〟
今の夏貴が帰る場所は汐と住んでいた榊宮の家ではなく、鮫柄の寮なんだと思うと汐の胸に小さなささくれのような痛みが走る。
夏貴が帰れば、汐はひとりだ。
夕方、ひとりでも平気だと言った。
けれど、本音を言うとやはり寂しかった。
「…そうだね。あんまり遅いとみんなが心配するもんね」
きっと、取り繕ったような笑顔だったと思う。
帰ろうとする夏貴を玄関まで見送る。
どくん、と気分がざわつき息が詰まるような嫌な感覚が胸に広がる。
靴を履いた夏貴は振り返り、俯く汐の冷えた手を握った。
そして神妙な面持ちで言った。
「姉さんは〝本当に〟思ってることを口に出してもっと言っていいと思う。僕はもちろん…凛さんだって絶対に受け止めてくれる。前までとは違うんだ。もっと、周りを頼っていいんだよ」
「じゃあ、また明後日ね」
穏やかな笑顔を浮かべ、夏貴は扉の向こうに消えていった。
扉が閉まる音がやけに大きく感じた。
夏貴はどういう意図でああ言ったのだろう。
握ってくれた手は再び冷え始めていた。
(思っていること…)
玄関にひとり残された汐の瞳に影が差す。唇を噛み締める。
帰らないで、本当はそう言いたかった。