Destination Beside Precious
第15章 12.Masked Family
「今日は楽しかったね」
「そうだね」
スプラッシュフェスが無事幕を閉じ、汐と夏貴は帰るべく岩鳶駅まで向かっていた。
空では既に日が傾きつつあり、澄んだ青が身を潜め濃厚な橙が顔を出しつつある。
充実したとても良い1日だった。
前々から会いたいと思っていた渚と怜に紹介してもらえた。
久しぶりに遙と真琴、あの後打ち合わせを終えてやってきた江にも会えて言葉を交わした。
夏貴も岩鳶水泳部のメンバーと打ち解けることが出来た。
渚に〝なっちゃん〟と呼ばれた時の夏貴の照れた様子。なかなか見ることの出来ない珍しい表情に、弟の年相応な姿を見た。
競泳と凛をきっかけにして、自分と夏貴の世界が広がっていく。
特に人見知りで保守的な面がある夏貴の世界が広がることが、汐にとってはとても喜ばしいことだった。
夏貴はもう籠の中の鳥ではない。自ら道を見つけて、それに向かって一歩踏み出していった。
きっと、今に大きな翼を持って更に広い空へ羽ばたいていくだろう。
きっと―…。
「姉さん、家、ひとりで寂しくない?」
夏貴がぽつりと呟いた。
一気に現実に引き戻された気分になった。
はっとして見上げると、美しい夕焼けの瞳が揺れていた。整った顔は心細げだった。
夏貴が不安になっている。
新しい環境で頑張ろうとしている弟に、余計な心配を掛けてはいけない。
その気持ちが汐の口をついて出た。
「…平気だよ」
夏貴がいた時からひとりの時間は多かったし、なんのことは無い。
そう思うのに、無意識に逃げるようにして朝焼けの瞳は前を向いていた。
「本当に?」
夏貴は聡い。人の感情の変化をすぐに察知し反応するから、中途半端な取り繕いはすぐに見破られる。
「本当だよ!」
努めて明るい声を上げた。何事もなかったかのように。
夏貴に視線を戻すと、今度は夏貴の方が逃げるようにして前を向いた。
一瞬見えたような気がした、何か言いたげな表情は、気のせいか。
「心配してくれてありがとう。あたしは大丈夫だよ」
穏やかな声で、しかし、はっきりとそう言う。
これ以上深追いされないために。
それ以降会話がなく、汐と夏貴の間に生温い空気が流れる。
そうしていると、あっという間に岩鳶駅に到着した。
改札を前にして、夏貴はやっと口を開いた。
「姉さん、今日家で晩ご飯食べていっていい?一緒に作ろうよ」