Destination Beside Precious
第3章 1.The Honey Moon
「ん、汐。お前は〝記念日〟毎月祝いたい人か?」
汐を解放しながら問いかける。
「…いきなりどうしたの?」
「海外だと記念日に花束とかカードを贈ったりするんだ」
「そうなの?」
盛大だね、と、からから汐は笑った。
凛の言おうとしていることが見えてこない。
「俺オーストラリアにいたから日本のカップルの記念日事情知らねぇんだ」
海外では日本以上に〝記念日〟を大切にする風潮がある。
記念日に留まらず、何かあるごとにプレゼントを贈るなどお祝いごとやサプライズに対する考え方が違うと凛は話す。
日本では事ある毎にプレゼントを贈っている様子はあまり見ない。
海外の文化に多く触れた凛は、何が普通で何が普通じゃないのかまだ曖昧な部分があるのだ。
普通という言葉が適当であるのかすら自信が無い。
「だから、汐はどうしたい…?」
率直に尋ねる。
これから長く付き合っていく上で記念日の温度差はトラブルの原因になりかねない。
つまらないことが原因の喧嘩は凛からしたら絶対避けたいものだった。
汐は息を呑んだ。
細い喉が上下する。凛の瞳を見上げる。
こんなことを訊いてくる人など初めてだった。
今までずっと思っていた、本当のことを言っていいだろうか。
凛は嫌な思いをしないだろうか。
1の間に10のことが頭を駆け巡った。
凛の指が優しく汐の前髪を払う。
瞳はとても穏やかな赤だ。
その赤に背中を押され、薄く開かれた汐の唇が思いを紡ぎ出した。
「…1ヶ月を祝っておいて何だけど、あたしは覚えててくれるだけで充分。さらっと会話に混ぜてくれるくらいがいいな」
言ったらきっと、冷めてるとかドライだとか言われただろう。
だから過去の人たちには言うことがなかった、汐の記念日に対する価値観。
初めて伝えることが出来た。
「2ヶ月とか、3ヶ月っていう、記念日って毎月更新するものでしょ?だから長く付き合っていく中で毎月お祝いしてたらキリがないって思うんだよね。…凛くんがちゃんとお祝いしたい人だったらごめんね」
さらに、汐からしたら付き合って何ヶ月と数えるのは別れへのカウントダウンにしか思えないのだ。過去の人がそうであった。
しかしそれは言わなかった。
海外の文化に多く触れた凛だ。記念日はちゃんとお祝いしたい人かもしれない。
そう思うと申し訳なくて、汐は目を伏せた。