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Destination Beside Precious

第14章 11.Boys and Girls


音楽室でひとしきり甘い時間を過ごした後、ふたりはリビングでゆっくりと会話を楽しんでいた。

「夏貴はもう部に馴染んだかなー?」
「ああ。部の奴らがすげぇ夏貴に構いたがるからもう打ち解けたと思うぜ。ただ、やたら俺に噛みついてくるのは変わんねぇけどな」
凛に対して剥き出しだった敵対心は幾分和らいだが、それでも事あるごとに毒舌を発揮するのは変わらない。
一方、部員たちは〝汐ちゃんの弟〟で期待の特待生である夏貴に興味津々で、今では輪の中心にいることが多かった。

「そっか。夏貴、人見知りするから心配してたんだよね」
「あの毒舌は人見知りっていうのか…?それより、お前は大丈夫なのか?夏貴が鮫柄に行ってから寂しいだろ?」
「…あたし?…、あたしは…」
汐の瞳に翳りがさした時、唐突に玄関が開く音がした。

「…お母さん帰ってきた」
「…母親?」
全く予想していなかった展開に凛は驚く。
汐とふたりでいる時に母親が帰ってきたことなどこれまでほとんど無かった。
汐の母親と顔を合わせるのは、昨年の夏に風邪をひいた汐のお見舞に来て以来初めて。
そんなことを考えていると、ふたりがいるリビングの扉が開けられた。
開いた扉から姿を見せた汐の母親に凛は息を呑む。

「あら、お客さん?」
榊宮サエコ。汐の母。
夏貴と同じ黄味の強い樺色の髪と茜の瞳。半分海外の血が流れていることは彫りの深さから窺える。
年齢を感じさせない美しさで、とても40代半ばの女性とは思えない。
母親というよりは、貴婦人という表現の方が正しいと凛は思った。

「ゆっくりしていってね。…ああ、汐。私、これから書斎に籠るから」
上品な笑顔を凛に見せると、彼女はリビングを後にする。
汐の母が残した余韻に浸っていたがやがて口を開く。

「汐の母さん、すげぇ美人だな…」
「うん…。ね、凛くん…」
細い声と共に、ふいに手を握られる。汐を見つめると、少し寂しそうな色を浮かべていた。

「晩ご飯、うちで食べてかない…?あたし、凛くんのために作るから…」
「え…そうしてぇけど…」
寮の夕食のことを考えた凛だが、汐の切なげな声と表情を見るとそれは喉から上がってくることは無かった。

「…食ってく」
「本当?ありがとう凛くん…!」
花開いたように笑顔を咲かせる汐の頭を撫でてやる。
きっと、夏貴がいなくて寂しいのだろう。

凛はこのときそう思った。
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